長谷敏司の幻のウォーハンマー小説!

 今回は長谷敏司の幻のウォーハンマー小説を公開です!


 彼とは同じゲームサークルに所属してまして、長谷君も『ウォーハンマーRPG』の大ファンだったのですね。10年以上昔にデビュー前の彼が同人誌用に短編を書いてくれたことがあります。


 現在入手がほぼ無理なのですが、あまりにももったいないので掲載したいとお願いをしたところ、大変ありがたいことに忙しい中リライトまでしてくれました。


 前置きは充分ですね。さあ、『円環少女』や『あなたのための物語』の作者によるこの骨太ダーク・ファンタジーを味わって下さい!




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WH導入用(スラーネッシュ編)




「こっから先は、あっしはご免ですぜ」


 ネズミ捕りラティールが、古びた扉の前で泣きごとを並べだした。

 不潔な下水道は、ネズミ捕りのかかげる頼りないランタンに照らされている。ドブ臭さよりも息苦しさよりも、リッツィオには風のない通路の蒸し暑さが不快だった。彼は鍔広(つばひろ)の帽子をぬぐと、顔を扇いだ。

 リッツィオがここにいるのは、復讐者であり手段を選ばない狩人だからだ。夜な夜な子供がさらわれるという噂を耳にして、彼は情報を集め、奇妙なうなり声が聞こえる下水道に目を付けた。誰かに頼まれたわけでも、報酬を見越したわけでもない。彼は、この世から屑を掻き出す奉仕者だ。だが、彼のようなモノを、人は<魔狩人(まかりうど)>と呼び、恐れる。


「おまえも分かっているだろう。混沌は敵だ。混沌から逃げるやつもみんな混沌だ」


 リッツィオは逃げ腰のラティールに優しく言い含める。震え上がる小男の股の間を、キイキイと鳴きながらネズミが走り抜けた。


「なあ、リッツィオ。知ってるか? ネズミは十年生きるとネズミ人間(スケイブン)になるんだぜ」


 相棒のベインが、がっしりした短躯(たんく)を揺すって、いかにもドワーフ族らしい低い声で笑う。ベインは屈強な戦士で、全身に黒い顔料で入れ墨をほどこし、髪をオレンジ色に染めて逆立てている。命を捨てるため自滅的な戦いに身を捧げる者が、ごくまれにドワーフ族にはいる。<巨人殺し>と呼ばれる彼らは、死によって名誉を取り戻すためだけに生きる。ベインの失った名誉が何かは誰も知らない。


「それなら、ネズミも皆殺しだな」


 キィキィ鳴くドブネズミを一匹、ブーツの靴底にとらえて体重をかける。ちいさな骨が砕け、耳障りな音がひとつ減る。

 揺らめく橙色の光を頼りに、リッツィオは拳銃の火皿に火薬をこめる。ランタンを持つネズミ捕りの手は震えている。ラティールによるとこのあたりは、貴族街の地下だそうだ。貴族どもは退廃的な嗜好から、混沌に魂を売る。

 リッツィオは胸の高鳴りのままに、案内役に声をかけた。


「嬉しいだろう、狩りの時間だ。こいつを開けたら、デカいネズミがうようよいるぞ」



 リッツィオは扉を蹴り開けた。

 彼の読み通り、中では混沌の信徒どもが儀式にふけっていた。オールド・ワールドは暗く不安に満ち、戦いと貧しさを生きる世界だ。そして、人はいつかは、腐敗か権威か困窮かに絞め殺されてゆく。幻想に漬(ひた)る者は多いが、起きて見る夢には、酒か麻薬か混沌かしかない。

 明るい、特別あつらえの地下の広間だった。三フィートおきに配したランプに香木でも仕込んでいるのだろう、蓮の香りでむせ返りそうだ。部屋は紫色に染めた薄絹のカーテンで仕切られ、奥では十人以上の裸の男女が、自堕落な欲望に身を委ねていた。快楽の神、スラーネッシュの教団だ。

 扉の脇に座り込んで、幻覚剤(ブラック・ロータス)の夢に浸っていた若い男が、顔をあげた。


「あんら、おっさん」


 答えてやるよりベインの戦斧が早い。風を切る轟音、そして吐き気をもよおすような骨を砕く音と、短か過ぎる断末魔。

 ベインが血と脳のかけらで汚れた戦斧を振り回した。周囲に血液のはねを撒きながら、巨大な斧があたりのものを残らず打ち倒す。


「てめえら、死にたくなかったら俺を殺せ!」


 相棒の吠える声を聞き流し、リッツィオは服に跳ね飛んだ骨片をぬぐった。

 もはや、先刻まで不快でたまらなかった暑さも気にならなかった。現実を痛みで確かめるために、リッツィオは上気した頬を爪で掻いた。

 ベインが鋼鉄の斧を振り上げると、逞しく盛り上がった肩の筋肉が波打った。


「俺を殺せって言ってるのが、聞こえねえのかよ!」


 嬌声のるつぼに、巨人殺しは怒号をあげて飛び込んだ。

 返り血がカーテンに飛び散る。一瞬、音は途絶えた。

 続いて、すさまじい悲鳴と、死のものぐるいの人間がたてる鈍い物音。骨が砕け液体の飛び散る不快な響きの中、ベインの叫び声だけが踊るようだ。地下室は、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の屠殺場と化した。


「あ、あんたたすけてくれ」


 逃げ場を求めて全裸の男が一人、四つ這いでリッツィオに取りすがった。

 リッツィオは男の髪をわしづかみに掴むと、その耳に口を寄せて囁いた。


「あいつに殺されたくないか」


「いやだ、たすけてくれ……」


「だったら俺が殺してやる」


 彼を見上げる顔の絶望に歪んでゆくさまが、心地よい。必死に暴れる男の頭を床に押さえつけ、感触を味わいながら、泣き叫ぶ背中を剣で串刺しにした。

 その間に這い出して、閉じたドアに飛びついていた信徒の延髄を、リッツィオは背後から思い切り断ち割る。ベインに追われた貴族の師弟たちが、扱い慣れない短剣を振り回しながら突っ込んでくる。リッツィオはそれを正確な剣捌(さば)きで絶命させてゆく。

 信徒はどいつも手応えがなかった。餓鬼の親どもは多少騒ぐだろうが、知ったことではない。混沌に冒されたものを救う術はない。ただ、排除することで被害の拡大を防ぐしかないのだ。

 リッツィオは扉の脇でしゃがみ込んで震えていたネズミ捕りの手から、火がついたままのランタンを取り上げる。


「ラティール。ここはもう充分明るい。ランタンは必要ないだろう」


 カーテンに向けて放り投げた。ガラスの割れた音がして、続いて高価な紫の薄絹の布が燃え上がる。


「だ、だんな! 上にはお屋敷が……」


「混沌の儀式に、地下室を貸すやつも混沌だ」


 見渡すと、動いている混沌の信徒はもう一人もいない。正義がなされたのだ。

 炎の脇を通って、ベインの様子を見に行った。相棒は肩で息をつきながら、毛足の長い絨毯(じゅうたん)に白墨で描かれた魔法陣をにらんでいた。


「惜しかったな。もう少しで、歯ごたえのある相手が出てきたのに」


 リッツィオが声をかけると、血走った眼で、汗だくのベインが歯をむき出した。


「そうでもないぜ」


 ディーモン召還の魔法陣の、ベインの示した中央に、生贄の少年が縛り付けられていた。両手首の動脈を切られた子供は蝋人形のように血の気がなく、ぴくりとも動いていない。周りには、血が満たされた銀の杯(ゴブレット)がいくつも散乱している。


「くらいよ……おかあさん……」


 かすかな悲鳴を聞いて、リッツィオは慌てて魔法陣に足を踏み入れた。多くの儀式は生け贄の死で完了する。彼は杯を蹴り、のたくる線の中心に捧げられた子供の手を取った。リッツィオは、自分が歯噛みしていることを知った。淫猥な儀式にむりやり参加させられた少年は、全身に精液や糞尿をひっかけられていた。まだ十にもなっていない幼子の手は、もう冷たかった。

 細い首が、力をなくしてコトリと落ちた。

 それが、中断されていた儀式の完了を告げる合図だった。

 彼は、足下の魔法陣からせり上がって来る力を感じた。人間には知り得ない忌まわしく深い場所から、ただおぞましいものが近づいてきている。跳びずさったリッツィオの鼻先を、粘っこい霧が噴き上げた。

 奔流のすき間から一瞬、あの哀れな子供が見えた。幼子の上半身は巨大な口のように変異した魔法陣に食われ、血の気の失せた下半身が逆さに突き立っているようだった。死体の未成熟な腰が発情したように激しく勃起し、異音をあげて混沌に齧られてゆく。


「いい雰囲気だな、リッツィオ!」


 見ると、危険の予兆にベインは眼を爛々(らんらん)と輝かせていた。

 香水と女の体臭に似た、甘酸っぱい臭いが地下室に広がった。リッツィオは剣を左手に持ち替え、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。魔狩人の経験が教えていた。来るのは混沌の代理人、ディーモンどもだ。

 そして、酸っぱい匂いのする大量の靄(もや)が晴れた後、魔法陣の中央には忘れ得ぬ女が立ち上がいた。

 女は、そこかしこに転がる血塗(ちまみ)れの死体と同じく、全裸だった。


「……フェルテ」


 リッツィオの喉から、苦い呻(うめ)きが漏れた。

 混沌の信徒に喚び出されたディーモンは、彼が奪われた妻、フェルテに瓜二つだった。


「あなた、逢いたかった」


 ふっくらした唇が動いた。

 燃え広がる火から、皮膚が焦げる臭いと熱が漂ってくる。まぶたの上の汗をぬぐったが、彼女は幻として消えてはくれなかった。

 リッツィオはゆらめく炎に照らされた白い素足を、太さをしきりに気にしていた腰を、暇さえあれば空ばかり見ていた黒い瞳を見た。すべては、心の奥に大切にしまい込んだ記憶のままだった。


「シグマーよ、……シグマーよ」


 彼は、混沌のまやかしにぐらつかぬよう、復讐の神の名を何度も唱え続けた。銃口をディーモンに向けた。揺れる照準が、彼の迷いを鏡のようにはっきり映していた。


「どうしてそんな恐ろしいものを向けるの? あんなにも愛してくれたのに」


 フェルテが足を一歩、踏み出した。

 魔狩人は苦い唾を呑み込んだ。彼は自分に言い聞かせるように吐き捨てる。


「混沌は敵、混沌は悪。おまえは、混沌だ」


「私がこんなに愛していても」


 あまりにも似すぎた声が、幸せな思い出のこだまのように胸に響いた。胸に、今は憎悪しか入っていない、がらんどうの心に。

 沸き上がる怒りが、リッツィオを支配した。


「そんなものはとうの昔に焼き捨てた。おまえがディーモンに捧げられた夜に。あの屑どもの屋敷と共にな」


 彼の脳裏に、心臓をえぐり出されて死んだ妻の姿が色鮮やかに蘇った。祭壇に横たわるフェルテ。その見開いた目から青ざめた頬に一筋、白く残る乾いた涙の跡。全身に浴びた返り血を舐め合う、おぞましい淫猥の神(スラーネッシュ)の信者達。剣を片手に踏み込んだリッツィオを指差して、やつらは嘲笑ったのだ。

 掌の鋼鉄の銃把(じゅうは)は、愛よりも確かな感触で応えてくれる。リッツィオは全身が震えるような、暗い悦びにあえいだ。もう三年だ。やつらの頭を叩き割ったあのとき、彼は自分の為すべきことを見つけた。リッツィオは、復讐心に燃えるエンパイアの守護神が今も共にあることを確かに感じていた。

 ついに紫のカーテンは燃え落ち、火の粉が天井まで舞い上がった。絨毯にも炎は広がり始めている。鮮やかな橙色の劫火に白い裸身を照らされて、あのころのままフェルテは優しく微笑み続ける。


「フェルテは死んだ。貴様らに心臓をえぐられた」


 リッツィオは引き金を引いた。

 乾いた音と共に、左乳房の上に小さな穴が空いた。
 心臓を撃ち抜かれたフェルテは、よろめいたが倒れなかった。潤んだ瞳がリッツィオを見た。

 彼女の左の乳房に空いた穴から、新鮮な内臓のような薄桃色の粘液が滴り落ちた。てらてらと光るそれは無数の指のように白い柔肌を這い回り、彼女に淫靡な声を上げさせる。


「熱いわ、あなた。あなた、……あなた」


 腰と胸の一部を覆うように広がる粘液が、なめした牛皮のような皮膜となる。拘束衣が恍惚とした肉体に、更なる刺激を与えるようにギュッと縮む。息も絶え絶えの彼女が、なまめかしくリッツィオを差し招く。


「来て、ねえ、あなた……来て!」


 リッツィオは拳銃に弾と火薬をこめなおし、女の眉間を撃ち抜いた。


「黙れ混沌」


 亡霊は、わずかに頭をのけぞらせただけだ。

 オオゥと、すぐ近くで雄叫びがあがる。ディーモンとのやりとりを聞いていたベインが、ついにしびれを切らしたのだ。


「俺も愛してるぜ!」


 ベインが大上段からフェルテに斬りかかった。不快な音を立て、鋼鉄の斧は一撃でフェルテの細腕をもぎ取った。続けて首を狙い、ベインが鋼鉄の塊で水平になぎ払う。フェルテの華奢な手が、それを軽々と受け止めた。

 目をむいたベインに向かって、フェルテの姿を借りたディーモンは、断ち切られた右腕を振る。傷口から一瞬で巨大な蟹の鋏(はさみ)が生えて、ベインの肩口の肉を一撃でごっそりと削り取る。

 跳ね飛ばされて転がった巨人殺しは、戦斧を杖に立ち、血の混じった唾を吐いた。


「リッツィオ、おまえのカミさんはいい女だ。こんなに痛くて激しい女は久しぶりだぜ」


「あれは俺のものだ。俺が殺してやる」


 リッツィオは銃をホルスターに戻し、剣の感触を右手で確かめた。彼は剣が好きだった。憎しみを相手の体に直接叩き込めるからだ。

 ドワーフ族の戦士が、もう一度フェルテに打ちかかった。生身だった左手が猫だましのようにベインの目前で爆散し、ひるんだ彼を、鋏として再生した手がしたたかに打ちすえた。

 絨毯をなめる火はこぼれた酒に燃え移り、地下室はすでに紅蓮の世界となっていた。壁にくっきりと黒く浮かび上がる異形の影が、踊る。

 なんて暑い部屋だ。

 彼は、はからずも眼から汗が流れていたことを知った。

 リッツィオは渇ききった魂が怒りに震えるのを感じた。ディーモンは、彼を嘲笑うためだけにフェルテの似姿をとったのだ。

 混沌は、オールド・ワールドのすべてを堕落させる。圧倒的なまでに強大なディーモンどもは、死ぬ思いで倒しても際限なく湧いて出る。信徒など、一人見つければ三〇人だ。だが、憎しみがあれば、狩人たちはどんな苦しみにも耐えられる。そして混沌の悪夢の奴隷たちは、諦めない者もいることを思い知るのだ。

 火の海の中、復讐者は剣をかかげる。渦巻く熱気に肺を灼かれるのもかまわず、絶叫した。


「シグマーよ! 不浄の者を焼き尽くす炎を。もっと明るく! もっと強く!!」



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 いや〜、格好イイ!


 今回は初めてこちらに来られる方もおられるかと思いますので、簡単に『ウォーハンマーRPG』の説明をします。『ウォーハンマー』は、イギリスのミニチュアゲームで、今もオンラインゲームなどにマルチメディア展開をしている、知る人ぞ知る大ヒット作です。

 『ウォーハンマーRPG』は、そのTRPG(会話型RPG)版になります。TRPGとは進行役の参加者がシナリオを用意して、他のプレイヤーは各人自分のキャラクターを操り、判定とかはサイコロで行なうゲームです。

 TRPGの最大の魅力はその自由度になります。泥臭い中世にパンクな要素がミックスされた『ウォーハンマー』の世界を舞台に、進行役は自分が考えたシナリオを用意し、他のプレイヤーは思い思いのキャラクターで参加します。プレイ中は進行役の用意した筋書きどおりにゲームを進める必要はなく、話の流れによってはまったく予想していなかった展開になるケースもあります。


 この短編のような冒険を行なうことももちろん可能です。リッツィオの<魔狩人>やベインの<巨人殺し>は、『ウォーハンマーRPG』のキャリア(クラス)になります。多彩なキャリアがこのゲームの魅力の1つでして、ラティールの<ネズミ捕り>なんてものもあります。“おっかない連中”に“危険極まりない事件”に巻き込まれ、悲鳴をあげながら逃げまどい、貴族の死体から貴金属を盗むのは忘れない。こういう普段はスポットライトの当たらないようなこのような脇役をプレイできることも、TRPGの自由度の高さ1つです。

 そういう小物をプレイして楽しいのと言われれば、自分たちは楽しんでいました。英雄から小物まで、様々のキャラクターになって、破天荒な冒険をしたものです。


 当時、自分たちがプレイしたのは旧版になりますが、現在は第二版が発売されています。



ウォーハンマーRPG 基本ルールブック

ウォーハンマーRPG 基本ルールブック



 今回はリライトにあたり第二版の設定に変更してくれています。ただ、10年以上前に旧版のプレイを通じて作り上げた“僕たちのウォーハンマー”の世界観がベースなので、公式設定とはずれている部分もないわけではないですが。


 ともあれ、楽しんでいただければ幸いです。