リアル系ファンタジーTRPG『ハーンマスター』

 今回は『ハーンワールド』の専用システム『ハーンマスター』についてです。


 自分は「システム自体も世界設定」という考えを持っています。システム自体に「どういうセッションを行なわせたいか」のデザイナーの意図があり、そこにその世界のリアリティも含まれていると思うからです。アニメや漫画のような世界を再現することを意図したシステムは、PCたちはアニメの主人公たちのような超能力を持ち、アニメや漫画の“お約束”が再現されるような感じでデザインされています。天使と悪魔、両方の血を引く高校生の手からビームが放たれ、サイボーグのメイドが拳で弾丸を弾く。こういうPCが作れるシステムは、この部分でもその世界観を充分表していますね。


 じゃあ、リアルで精緻な『ハーンワールド』の世界設定のデザインされた『ハーンマスター』はどういうシステムというと、簡単に言うとリアル系TRPGです。この“リアル系”というのは、かなり難しいと思います。“リアリティ”にこだわるとシステム処理があっという間に重たくなる。さらに、細かいルールを作ることが“リアル”であることに直結しないのですね。「出血ルール」とか「鎧破損ルール」、「疲労ルール」などルールがあっても、他の部分で不自然なルールがあると“リアリティ”というのは損なわれます。そして、大事なのが“ゲーム”として面白くなければならないことです。“ゲーム”であるために、ある種のダイナミックさが必要。例えば、リアルな銃撃戦ゲームを考えても、一発撃たれたら確実に即死するというのではゲームとして問題です。かといって、20発銃弾をくらってもピンピンしているなら“リアル”じゃない。“ゲーム的な盛り上がり”と“リアリティ”を両立させないといけない。

 “リアル系TRPG”と呼べるのは、“リアルな感触”をしたゲームですね。この“リアルな感触”というのは実際にリアルじゃなくてもいい。説得力があればいいのですね。TRPGのシステムじゃなくて絵で考えてみましょう。バイクとかメカの部分がリアルでも、キャラクターがアニメ調とかだったらそれはリアルな絵にはなりません。かといって写真並みにすべてをリアルに描きこむ必要もなく、逆にそうすることで絵としてうるさくなることもある。ポイントを押さえれば、他の部分はデフォルメを効かせてもちゃんとリアルに見える。後、絵として成り立たすためには、誇張などの表現が必要。要は、センスとバランス感覚が必要ってことですね。



 『ハーンマスター』に関しては、なかなかいい感じではないかと思っています。もっとも、キャラメイクと模擬戦闘くらいしかまだしたことがないので、第一印象程度なのですが。


ハーンマスター

ハーンマスター


 この『ハーンマスター』は第3版を翻訳したものになります。旧版自体については知らないのですが、変更点のただし書きを読む限りではプレイを通じてシステム改良を重ねていった結果の版上げの模様です。このシステムは書籍ではなく、20年前くらいに主流だったボックスタイプです。レイアウトやルールの書き方なども90年代の翻訳TPRG、『ルーンクエスト』とか『ロールマスター』を彷彿させます。内容も『ロールマスター』の精緻さを参考にしつつ、システム骨子は『ルーンクエスト』の『ベーシック・ロールプレイング』を大いに参考にした感じです。


 本システムは『ベーシック・ロールプレイング』と同じくd100ロールの技能制で、能力値は3d6で決定。能力値には【筋力】、【敏捷性】、【意志力】などのお馴染みのものと、【視力】、【声質】、【徳性】などの見なれないものもあります。技能のパーセンテージは、3つの能力値の平均値に誕生星座の修正値を加えたものが基本値になり、自動修得や修得した技能ならそれにスキル毎に設定された倍数を掛けたものが元値になります。例えば、自動修得技能の「登攀」なら【筋力】、【器用度】、【敏捷性】の平均値に誕生星座の修正(±0〜+2の範囲)を加え、それを4倍したものが元値のパーセントになります。実プレイではその元値に荷重によるペナルティなどを加えたものが実際の成功率になります。

 年をとったPCにすることで、新たな技能を修得したり、技能を修得する際の倍数をあげたりできます。若造よりも人生経験を積ませたPCの方が有能なわけで、ここら辺は『ルーンクエスト』や『トラベラー』と同じですね。


 ちょっとユニークなのが「決定的成功」と「致命的失敗」のルール。d100の一桁の出目が0または5で、成功したらな「決定的成功」、失敗したならば「致命的失敗」になるというものです。20%で「決定的成功」または「致命的失敗」になるというのは、なかなか高い確率です。ロールマスターの上方無限ロールみたいな、ゲーム的なダイナミックさをここで狙っているのかもしれません。


 後、選択性ルールの多いのもこのシステムの特徴です。ランダム種族&性別決定ルールやら、兄弟の数や両親の境遇を決めるルール、文化圏によって身分を決めるルール(封建社会では55%で農奴(領主から農地を賃貸している農民)です)などはロール・オア・チョイス。「武器破損」や「出血」などの細かいルールは、追加ルールとなっています。


 で、このシステムで一番特徴的と思える点が“リアルな肉体”です。D&Dなどのヒロイック・ファンタジーTRPGのPCの肉体は、アクション・ゲームや漫画の主人公たちみたいなリアリティと思います。高い所から落ちてもかすり傷しか負わない、プレート・アーマー着たまま飛びまわれる、身体を矢で貫かれてもすぐ治る。“壊れ物でない肉体”とでもいいましょうか。これに対して『ハーンマスター』のPCの肉体は“壊れ物”です。本システムではいわゆるヒット・ポイントはありません。『トーグ』(ちょっと異なりますが『シャドウラン』)のような負傷制をとっています。

 負傷制の前に戦闘システムを簡単に説明しましょう。攻撃側が〈ソード〉などの武器技能で判定を行ない、防御側はそれに対して「受け」や「回避」などの判定を行ないます。2者の「決定的成功」、「成功」、「失敗」、「致命的失敗」の組み合わせを表に照らし合わせて、その攻撃の結果が決まります。攻撃側が「決定的成功」で防御側が「致命的失敗」なら、致命打を与えられるなどです。命中したらd100で命中した身体区分を決定します。PCの身体は「首」や「上腕」、「膝」などの20箇所以上の区分がされています(女性の「股間」に命中した場合、「尻」として扱うというルールがあります。この辺の生真面目さもハーンの特徴です)。命中結果で決まった衝撃力からそのダメージタイプに対する鎧の防御力を引いた値を表に照らし合わせることで、どの程度の負傷が決定します。負傷は「軽傷」、「中傷」、「重傷」、「致命傷」のレベルがあり、もちろん「前腕」より「首」に命中した方が高いレベルの傷を負わせることができます。


 例えば、ショートソードで悪漢を斬りつけたとします。命中にペナルティをつけて上段や下段を攻撃できますが(上段にすることで頭部(頭、顔、首)へ命中しやすくなります)、普通の攻撃とします。攻撃は「成功」で、悪漢の回避は「失敗」だった場合、攻撃は表から結果は「A★1」となります。これは「攻撃側が命中」し、「衝撃力+1d6」の意味になります。身体区分をd100したところ「肘」で、もう一回ロールして奇数だったので「左肘」になります。悪漢はキルトのチェニックを着ていたけど、それは「肘」は覆っていません。ショートソードの「斬撃」の衝撃力4に1d6の出目の4を足した8がそのまま実行衝撃力になります。表のその「肘」の欄を見ると「S3」。3レベルの「中傷」を負ったことになります。


 負傷はタイプごとにどういう傷を負ったか具体的に決まっていて、生々しいです。「中傷」の切り傷は「2〜6インチ」の傷とあります。思わず身体をかばうためにあげた左腕、丁度その肘の部分に刃がガッと当たり、肘を覆う肉を爆ぜ割いたという感じでしょうか。「ヒット・ポイント3点減少」などではこの痛々しさはでません。『痛打表』や『クリティカル表』はスプラッター要素も入っているので、地味にイタイという面ではこちらの方が上ですかね。


 新たな負傷を負うたびにキャラクターはショック判定を行ないます。疲労ペナルティと負傷ペナルティの総計に等しい数のd6をロールし、それが【耐久力】の値を上回ると意識不明になります。【耐久力】は荷重ペナルティの算出にも使用する重要な能力値ですが、これは【筋力】、【持久力】、【意志力】を平均することで算出されます。極端に低くなりにくい代わりに、逆に高めもなかなか望めない。人間ならだいたい10〜11あたりでしょうか。先ほどの3レベルの「中傷」を負った悪漢は、3d6して【耐久力】の値以下でないと意識不明になります。自ターンのたびに意識を取り戻すかチェックを同様な判定で行なえますが、それに成功しても再度チェックを行なわなければいけません。2度目の判定に失敗したら、意識はあるものの戦闘不能な状態になります。


 そして、負傷はなかなか治りません。5日、それも1日当たり12時間の休息を取ったのなら治癒判定を行なえます。治癒判定は【耐久力】の倍数で行ない、倍率はその負傷の対する〈治癒〉判定の成功度合いによります。先ほどの悪漢の場合、肘の裂傷に対する〈治癒〉判定が成功していたら5倍、決定的成功なら6倍になります。失敗や放置された場合は4倍、致命的失敗の場合は3倍です。治癒判定に成功すれば1段階、決定的成功で2段階負傷レベルが減少します。この悪漢が命からがら逃げ出せたとしても、この傷を完全に癒すのには1カ月程度はかかるでしょう。それも休息をとれたらの場合です。また、感染症に罹る危険性もあります(デザイナーは「戦死者よりも戦闘後の感染症による戦病死者の方が多かったというのが、歴史的事実である。本ルールでは、プレイングにおける便宜を考え、感染症に対する生存率を現実よりも高めに設定してる」とありますが、もちろん危険です)。食いあぶれ者が集まった山賊団などの場合、負傷した味方を1カ月も休ませてもらえるかというと疑問ですね。何か、傷を負うことが死に直結する野生動物を彷彿させます。根なし草などではなく騎士などの社会的バックボーンをもった者なら手厚い看護を受けられ傷の治りも早いかもしれません。「重傷」でも治癒可能かもしれません。しかし、「重傷」なら治ったとして、関連する能力値が1d3減少します。3d6で能力値を決定するゲームで1d3減るわけです。「二十歳の時に右足の脛に矢傷を受け死にかけ、何とか命を取り留めた。今でも疼くし、右脚の踏ん張りが効きにくくなっている」とか「崖から落ちて左腕を折った。何とか一命を取り留めたが、左腕の骨継ぎに失敗して少し曲がったままだ」とかなるわけです。


 負傷することは危険極まりないですね。では、傷を負わないように硬い鎧を着るのはどうでしょう? プレートのハーフヘルムは頭に対する「斬撃」の衝撃力に対して10の防御力を有します。先ほど程度の斬りつけなら兜ではじけるわけです。ただし、鎧はとてつもない重量があります。プレートのヘルム、リング製のホーバークなどの重装備をするとそれだけで30㎏程度の重さになり、技能判定に−30〜35%程度ペナルティがつくことになります。この荷重ペナルティがかなり厄介です。失敗の確率を増やすことは「致命的失敗」の確率を増やすことになります。負傷によりさらにペナルティを受けることを考えたら、なかなか難しかもしれません。更に、この世界の大前提として重装鎧は大変高価であり、そうそう簡単に装備できるものではないということもあります。更に、選択ルールの「鎧の損壊」や「武器の破損」を使用すると結構簡単に壊れていきます。盾なども4〜5回攻撃を受けると割れてしまいます。まあ、基本的に木の板ですし、体重をのせた重い一撃を何回も受けるとそりゃ割れるかもしれませんね。


 負傷を受けることはいたし方ないとして、魔法などで何とかできないかという考えもあるでしょう。『ロールマスター』はリアルなシステムでしたが、魔法の存在によりヒロイックなプレイも可能でした。オーガの棍棒で騎士の頭蓋骨にひびが入り、方耳が吹き飛んでも、次の瞬間に念力治療士の呪文で再生するなどもできましたし。


 では、『ハーンマスター』における魔法はどうでしょうか? 魔術師である「シェク・プヴァー」用のサプリメント『ハーンマスター・マジック』と、聖職者用のサプリメント『ハーンマスターレリジオン』が発売されています。


ハーンマスター・マジック日本語版

ハーンマスター・マジック日本語版


ハーンマスター・レリジオン (日本語版)

ハーンマスター・レリジオン (日本語版)


 これらのサプリメントで扱われている呪文を一言で表すと“渋い”です。呪文というものはリアリティ・ブレイカーの側面がありますが、ハーンワールドの泥臭さを損なわない、地味で渋いものになっていると思います。治癒系呪文でいえば、大地の元素を司るフィヴリア学派に該当する呪文があります。この呪文は自然治癒力を促進させるもので各負傷に1回しか使用できず、対象に接触しなければならず、詠唱に2ラウンド近くかかります。呪文が成功したら対象は1回の「治癒判定」を行なえます。つまり、全く治らない場合もあるわけです。慈愛にあふれる女神ピオーニの祈願はより強力ですが、これは行使に10分以上かかります。これも対象に治癒判定を行なわせるものですが、成功で5回、決定的成功10回可能になります。これならば、かなり回復するかもしれません。しかし、致命傷を負った人間が一瞬で全快するなどは、よほどサイの目に恵まれなければ無理でしょう。


 結局のところ本システムのキャラクターの肉体は脆く、戦闘はハイリスクなものです。群がる敵を一掃するみたいなヒロイックなプレイは不向きでしょう。では、『ハーンマスター』ではどんなプレイが推奨されているのでしょう? 『ハーンワールド』の世界設定では、こういうプレイをしなさいという強制力は低いです。世界の破滅を目論む敵が常に攻めてきているのでそれと戦いなさいとか、ダンジョンがあるので探求しなさいとかそういう舞台装置は弱いわけです。『ハーンマスター』のシステムにおいても、こうプレイしなさいというものはありません。逆に言えばハーンという精緻な世界の住人をそのままプレイすればいいということだと思います。根なし草のアウトローになって冒険などしなくてもいい。社会に属する1住人の生活をシミュレートするだけでセッション足りうるということだと思います。


 戦争とか冒険とか大きな舞台装置がなくても、日常生活で起こりうる事件でも充分緊張感があると思います。片田舎の荘園。荘園の近くで狼が目撃され、家畜が襲われ始める。狼男の話をし始める者もでてきた。どうする? 隣の荘園の自由民の一家が賊に襲われ殺された。今、水車小屋の側に頭巾を被った見なれぬ人影がこそこそ動いているのを偶然見つけた。どうする? 郷士や職人、農奴などのPCたちは生活拠点が破壊されれば身の破滅。しかし、戦闘を行なったのなら大怪我を負う可能性も充分ありうる。ダンジョンに潜るとかなどとは別種の緊張感がありませんか? 戦闘を避けるために知恵を絞っても良い。相手が人間であるなら、実力行使でなく威嚇などで済ませても良い。ゴロツキだって血の通った人間です。でも、世界には凶暴な蛮族や北方人、そして魔物などもいる。半年に1回くらい起こるこういう事件を扱うだけで充分セッションになると思うのですよ。別に血なまぐさい事件を扱わなくても、行商人として行商するだけでもセッションになると思います。領主が代わりいきなり税金を吹っ掛けられたとか。こんな“非”ヒロイックな生活臭に溢れるファンタジーをプレイするのに最適なシステムではないかと思います。いや、逆にヒロイックなネタをしても面白いかもしれません。12人の兵士が1回の小競り合いで、2人死亡、3人重傷、残りも軽傷を負うみたいな。そこに、ガルグーン(ハーンのオーク族)襲来の報せがありとか。


 やはり、『ハーンワールド』に相応しいシステムは『ハーンマスター』だと思います。『ハーンワールド』の渋さに惹かれた方なら、このシステムのいぶし銀的な魅力を感じてもらえるかと思います。


 ただ、ほめるばかりではなく気になった点なども。20年前ほどのシステムでは当たり前なことではありましたが、GM裁量に委ねている点が多いのですね。世界設定もルールもばらばらなパーツのような感じであり、セッションをするにはGMが意図をもってそれらを取捨選択して組み立てないといけないわけです。一例をだせば、PCの初期装備などとかは決まっていないのですね。PCたちは荘園に住んでおり、PCの1人は荘園の領主である騎士に仕える従者としたら、荘園の設定やら、そのPCの装備などのデータを用意しないといけないなどです。後、ルール面で言えば、EML(実行習熟度)などの略語が多くてわかりにくいです。ルールの骨子はシンプルですが、専門用語を造りすぎててスッと入りづらい感じなっている印象を受けました。ここら辺は慣れが必要かなと思います。


 ともあれ、良いシステムだと思います。現在、荘園経営サプリメント『ハーンマナー』と、部族民を扱った『ハーンバーバリアン』の翻訳は済んでいると聞いています。ぜひ、出して欲しいですね。その他にも魅力的な未訳サプリがあります。展開していって欲しいものです。