革新的RPG『Wローズ』

 今回は『Wローズ』の話です。


ローズ・トゥ・ロード (ログインテーブルトークRPGシリーズ)

ローズ・トゥ・ロード (ログインテーブルトークRPGシリーズ)


 門倉氏の『ローズ・トゥ・ロード』の最新作ですが、これは本当に“革新的!!”と思えたシステムです。従来のTRPGとはかなり異なったものなのです。


 『Wローズ』のシステムの革新さに触れる前に、TRPGの王道に触れておきましょう。革新的であるということは、王道(または定石)を今までは無い新しい角度で切り取るか、王道から離れた別の楽しみを提供しているからです。自分の考えるTRPGの王道の要素は以下の通り:


・格闘級SLGまはたボードゲーム的楽しみ:SLGから派生したTRPGにおいて、戦闘は大きな位置を占めるファクターです。駆使しがいのあるデータが豊富で、かつ熱い戦闘が可能なシステムは、安定的な楽しさを提供してくれます。


・「障害→克服→成長」の右肩上がりのストーリー:基本的にTRPGのPCは障害を克服することで成長していきます。セッションを重ねる毎にPCたちがどんどん強くなっていき、できることが増えていくことはTRPGの醍醐味の1つでしょう。


・キャラクター主体:右肩上がりのストーリーは、「困難→戦闘→勝利」のアクション・エンターテイメントの王道でもあります。また日本では、この右肩上がりのストーリーを漫画やアニメなどのキャラクター主体の少年少女成長ストーリーとリンクさせている場合が少なくないと思います。日本のTRPGプレイヤーは漫画やアニメのファンであることが圧倒的に多く、またキャラクター主体のストーリーにおけるキャラクターの運用法はロールプレイのよい手本となるケースが多く、親和性がかなり高いと思います。



 以上が王道だと思います。漫画やアニメのようなキャラクターを扱え、戦闘が楽しく、成長を実感できるデータ性が充分あるシステムが和製TRPGの王道であり、安定した楽しさを提供してくれる優れたシステムと言えるのではないでしょうか? ただ、王道だからといって万能ではなく、そこからこぼれてしまうものも当然あるわけです。


 TRPGにはファンタジーものが多いのですが、実はこれらのTRPGの王道的要素とファンタジーのもつ“幻想的”な部分とは相性の悪い場合があります。「格闘級SLGまはたボードゲーム的楽しみ」、いわゆるルールで遊ぶ部分ですが、ルールにはデータ化が必要です。しかし、“幻想的”な要素はデータ化にそぐわないのですね。例えば、魔法や奇跡は本来なら神秘の技なのですが、ルール上データ化してしまうとゲーム内では1つの機能になってしまいます。治癒の奇跡はダメージを治す“機能”、火の玉の魔法はダメージを与える“機能”。“機能”が同じなら火の玉の呪文も手榴弾もデータ的に等価なわけで、違いはフレイバーということになります。ただ、物語的には魔法は“神秘的”なことに価値がある場合があります。門倉氏が『Bローズ』において魔法をプレイヤーが制御することが困難な存在にしたのも、魔法の持つ“神秘性”を出したかったからと思います。


 更に“幻想的”な物語を打ちだそうとする場合は、戦闘メインの右肩上がりのストーリーだけでは収まりきらないと思います。ファンタジーの物語には、邪竜を退治するというものももちろんありますが、戦闘のないラブストーリーもあれば、知恵と勇気で困難を切り抜けるようなものもあります。また何かを獲得するだけではなく、相手の喪失感を共有して慰めを見出すなどというストーリーも充分にありえます。


 『Wローズ』は、物語創造メインの“幻想的”な雰囲気を出せるものを目指した結果生み出されたシステムだと思っています。それでは、どんなシステムなのでしょう?

 裏表紙には「様々な図表類から抜き出したキーワードを組み合わせ「物語をつくっていく」――そういう新感覚の「物語遊戯」が『ローズ・トゥ・ローズ』です」とあります。本システムを簡単に説明すると、データを扱わず「言葉」を主幹においたものです。数字とダイスではなく「言葉決め」という行為でゲームを進め、「言葉決め」とは『言葉決め表』または自分の好きな小説からキーワードをランダムに決定することです。

 キャラクターメイキングも「言葉決め」でもって行われ、PCたちはアマンマルバンダという特殊な魔法使いになります。彼らは“混沌の呪縛”を鎮める旅の魔法使いですが、いわゆるスペルを唱えたりはしません。事件(混沌の呪縛)と関わることで物語を紡ぎ、それ自体が魔法になるという感じです。ランダムに決定された言葉のイメージで構築されたキャラクターが、自分のキーワードとセッションのキーワードのイメージを重ねていくことでこのゲームを進める形になります。

 物語を紡ぐことをメインにして、それに言葉遊びを加えたようなものと判断しています。そしてTRPG王道的要素はかなり薄いのです。

 まずは「格闘級SLGまはたボードゲーム的楽しみ」。この前提は「競争に勝利する」でしょう。勝利のために、データの最適化や必勝パターンがあります。しかし、『Wローズ』では目的の達成が最大の目的ではなく、過程を楽しむ遊戯だと思います。さらに、数字とは異なり「言葉」にはどれがどれに対して優位などというものはありません。前者がデータ管理・応用能力を活かした遊戯とすれば、『Wローズ』のものはイマジネーションと言語能力を活かす遊戯と言えるとかと思います。楽しみのベクトルが異なるのですね。


 そして「競争に勝利する」ことを重ねていくということは、右肩上がりのストーリーの前提でもあります。このために『Wローズ』は、右肩上がりのストーリーからも自由であります。もちろん、右肩上がりのストーリーを行なうことも可能ですが、それ以外のパターンの物語も扱えるわけです。後、『Wローズ』に右肩上がりのストーリーを前提としていない部分として、PCの成長システムがあります。PCはその身にマジック・ソースのようなものを複数宿しているのですが、セッションを終えるためにそれを1つ解放します。そして、その魔力を解放する毎にPCは実態を失っていき、最終的には歌や物語そのものになるというか、世界の一部にかえっていくというかそういう感じになります。具体的には同一のキャラクターでは13回のセッションしか行えません。キャラクターの成長を楽しむという部分よりも、どういう物語を生みだしたかという部分を重視しているのでしょう。


 そして、最後の「キャラクター主体」について。こちらも『Wローズ』では、キャラクター小説的な文法とは一線を画したものになっています。もちろん、キャラクター小説的なテクニックでもってセッションを進行させることは可能です。しかし、そういうこともできるということであって、それに特化しているわけではないのです。

 たとえば、キャラクター主体のTRPGにおいては、○○というキャラクターをそのシステムのデータでもって再現するというのがオーソドックスな手法です。例えば、『円環少女』のメイゼルのようなキャラクターという原案が最初にあって、彼女の特徴を再現するために電気系の魔法を扱う術者にしてみるなどです。『Wローズ』はそうではなく、プレイヤーの望むPCを作れないものになっています。同じくメイゼルのようなキャラクターを創造しようとして、『円環少女』の文庫からキーワードをランダムに抽出してキャラクターメイキングを行なったとします。“あどけない足首”とかすごくそれらしいキーワードが抽出されることもありますが、メイゼルそのものを産みだせはしません。それどころか、魔法少女キャラクターを創造しようとしていたはずなのに、“銀河の禿頭”などとまったくそぐわないキーワードが抽出されるかもしれません。キャラクターメイキングではままならないキャラクターができることがほとんどでしょう。十中八九それはデザイナーが意図したことであって、ままならないキャラクターを理解するためにそのキャラクターの物語をプレイヤーに考えさせるためだと思います。確固としたキャラ像、キャラパターンを活用するのではなく、曖昧なものに肉付けしていく形になります。


 セッションの進め方についても、曖昧なものに肉付けして物語を構築していくというのが基本的な設計スタンスかなと思います。キャラクター小説では、各キャラのキャラクター性を前面に打ち出しそれを最大限活用させるべくストーリーを構築します。例えばツンデレ少女ならば、気になる異性に対してツンツンするという溜めを作っておいて、あるイベントの後にデレるとかのストーリーパターンです。『Wローズ』においては、ストーリーの軸にキャラクターがいるのではなく、キャラクターはストーリーの構成要素というスタンスだと思います。もちろん、PCのツンデレ少女がキャラクター小説的な動きをして場を盛り上げることは可能でしょう。ただ、『Wローズ』で紡がれる物語はそのツンデレ少女がいないと成り立たないというキャラクター重視のものではないという考えです。例えば、エルフと人間のわだかまりを解消させるというストーリーでは、種族間のアイデンティティの対立をどう折り合いをつけるかが主軸であって、登場人物はツンデレ少女でも中年女性でも構わず、それらのキャラはそれぞれ別の切り口でもって物語に関わることができるという感じでしょうか。



 以上が自分の『Wローズ』の概要なのですが、多分どういうゲームなのかイメージが沸かない方がほとんどだと思います。もちろん自分の説明が悪い部分も大いにありますが、切り口が斬新すぎてついていけない面もあるかと思います。自分もルールブックを読んでもプレイするイメージが沸かなかったです。更に『Wローズ』のルールブックは難解な書かれ方をされているのですね。そして、恐らくはこれは意図的だと思います。


 「言葉」は「数字」と比べると圧倒的に曖昧であり、カッチリとしたルールは作りにくいのですね(しりとりなどは例外ですが)。そして作者は「曖昧であること」に価値を置いているとも感じました。そうすると曖昧なルールにしかなりえないのですね。

 更に感じたことがあります。ルールを策定するということは選択肢を明確することなのですが、これにより潰れてしまう可能性があります。『Wローズ』では「この潰れてしまう可能性」を潰さないような配慮してルールを策定した結果、難解なものになったような気がします。

 後、憶測にすぎませんが、わざと難解な書き方にすることによって、プレイヤーにルールの意義を考えさせて取捨選択をさせるという意図もあるかもしれないと思っています。「勝ち負け」のゲーム的駆け引きを外しまった物語メインのTRPGにおいて素晴らしい物語を紡ぐことを重視した場合、結局のところランダムな行為判定の結果よりもストーリーラインを重視しようという方向性が強くなると思います。例えば、素晴らしい説得をしたPCがおり、ストーリー上で相手を説得させることが納得のいくものであったのなら、この後の判定ロールは蛇足であると捉えるケースなどです。これを突き進めると、参加者のリレー小説みたいな形が最も適した形になるのかもしれません。ただ、自分も含めて誰でも即興でリレー小説を書くようなことができるわけでもありませんし、そもそもリレー小説がゲームかという話があります。しかし、ルール化を進めてしまえば、自由度が減少してしまう。このジレンマを意識しつつ、曖昧なルールを難解に書くことで、プレイヤーに自分のやりたいことを考えさせ、言外にルールの取捨選択を迫っているのではないかなと思っています。




 色々な意味で斬新なシステムだと思います。ルールブックを購入して数回読んでもプレイのイメージが沸かない。けれども、作者の意図はなんとなく伝わる。ソロプレイが可能なのですが、こうあるべきという先入観が強すぎてプレイにならない。しばらくは、「TRPGで紡ぐストーリーとは?」や「TRPGにおけるシステムの意義は?」などを考えるための思索ツールになっていました。ルールブックを前に腕組みするだけでプレイできなかったのですね。


 数ヶ月そういう状況でしたが、幸いにしてサークルの友人がGMをしてくれてプレイする機会がありました。それによって、どういうゲームなのかの目鼻をつけることができました。やはり、実際プレイして初めて実感できる点があるのです。


 そして、ある程度このシステムについて自分の考えが整理できたので、自分でもGMをしてみました。ただし、ルール通りのプレイではありません。自分でも扱えると思った要素だけを使用して、自分のやってみたいことをしてみただけにすぎません。逆に言うと消化したと思える部分でしかGMすることは難しいと思ったからです。



 導入と一応のオチだけ用意して、あとは無作為に選んだ単語からの連想ゲームでシーンを作る。それと、言葉当てゲームの要素は取り入れるという形にしました。プレイヤーとして参加したセッションはGMがストーリーラインをしっかり作っていました。しかし、自分はあえてそれをやりませんでした。このゲームにはGMを置かずに皆でストーリーを作り上げていく遊び方があり、それに近いことをやりたかったからです。


 後、幻想的な夢世界を題材にしました。テリー・ギリアムの映画や、押井監督が『うる星やつら』で扱っていたような何でもありな不思議な世界をTRPGで扱ってみたかったのです。


 どうなるか予測つかずに失敗する危険性も大いにあったのですが、サークルの定例会で実験的なセッションを行なうという告知をした所、ありがたくも三名の方が参加してくれました。その内二名は学生メンバーでした。


 実際やってみた結果、GMとプレイヤー共に勝手が判らずグダグダになった箇所もありましたが、自分の想像よりもセッションの形になっていました。プレイヤーたちには楽しんでもらえたようですが、プレイヤーと共にシーンを作っていくというよりは自分が一方的に喋り、プレイヤーおいてけぼりな傾向があったことは大いに反省すべき点です。


 試行錯誤の第一歩であり、かつ基礎ができていないのにいきなり変化球から始めたセッションで本来ならオープンするレベルのものではないのですが、セッション・ログを物語風にしたものを以下に公開します。自分のように『Wローズ』を購入したもののどうプレイしてよいか判らず、放置している方の何かの参考になればと思ったからです。結局はできる範囲でプレイしてみるのが一番だと思います。プレイしてみればTRPGの新たな切り口がぼんやりと判るような気がします。自分もこのセッションを起点に自分なりの『Wローズ』を模索していくつもりです。



※※※※※※※※※※以下セッション・ログ※※※※※※※※※※


・PC紹介


“クリーチャーの魔法”ゲルハルト:しゃんとした老騎士。いつもシニカルな笑みを浮かべている。言葉決めの本は風読みが用意した『ケルト幻想物語』。


“いにしえの”キリリ:638歳の妖しい少女。魔族か何か。言葉決めの本は『名門校の女子生徒会長がアブドゥル=アルハザードネクロノミコンを読んだら』。


“再三の最後”マイド:壊滅的な若禿をしたよっぱらいの親父。言葉決めの本は『天地明察』。



・本編


 三人が目を覚ました場所は、どこでもないどこか。薄暗く曖昧な“出口の入り口”。なぜここにいるのかは判りません。ただ、ここがどことなく懐かしく、どことなく悲しくて、どことなくほっとすることが判るだけ。三人に小人が声をかけてきます。陽気な丘小人にも、抜け目のない小鬼にも、どこか悲しげな子供のようにも見える半透明の小人。その小人は禅問答のような言葉をなげかけます。それでも、遠くに見える光る靄までたどり着けば元の世界に帰れることが判ります。小人の声に含まれる誠実さを信じた一行は前に進みます。別れ際に小人の歌が聞こえるのでありました。

 名前をつけりゃ 混沌は死ぬ  形を与えりゃ 混沌は死ぬ……



 次に一行がたどり着いたのは“邪悪な家”。そこには見るからに胡散臭いぶくぶく太った中年男がおり、いきなりキリリを「嫁」と呼びます。キリリもいきなり彼を「旦那様」と。わけが判らぬまま、一行は酒盛りを始めます。そこに入って来たのはきつい印象を与える美女。彼女は肥満漢を「あなた」と呼び、旦那はあわててキリリを売女扱い。一行は兵士に連行され、美女は「あの者たちは後で夕食にしましょう」と妖婆のような笑みを浮かべるのでありました。


 そして、一行は大鍋放り込まれ気を失います。目が覚めるとここは実は巨大な“大鍋の牢獄”。一行は別の部屋の探索に出、一人の少女に出会います。少女は妖女の娘。しかし、心優しい彼女は母親が鍋を火にかけないようにここで住んでいるのでありました。一行は少女に話しかけようとしますが、少女は逃げます。なぜなら、彼女はガラガラ声と“悪魔も絶望する”腰周りの持ち主。だけれども、一行は彼女のおだてなだめて警戒心を解きます。そしたら、少女は案内してくれます、秘密の出口へ。狭くて彼女が通れない先にある引き戸を。目に涙を浮かべて一行は、優しい少女と別れるのでありました。


 引き戸の底は真っ暗闇。酔っ払いのマイドがバランスを崩し、みんなを巻き込んで真っ逆さま。身を覚ました先は“ロープの六人”。複雑極まりなくもつれ合いながら虚空にぶら下る六人の縄人間。その身体に引っ掛かります。異様な姿だが気の良い縄人間の一団。意気投合した九人は、一致団結して空に上がろうとします。すると九人は一本のロープとなり、天に伸びていきます。そう、虹のかかるその先まで。


 次に目を覚ましたら、六人の縄人間たちはもういません。しかし、三人はそれぞれどこかにロープのような印象を帯び、皆の腰にはロープがぶら下がっているのでありました。先に進むとあったのは“トラベル・コーナー”。白い漆喰の家の横には波止場がありますが、その先は虚空につながっています。家に入るとその受け付け台にいたのは手乗りサイズの象。象は三人にチケットを要求します。


 チケットを求めて一行がたどり着いたのは“言葉を転がす神の家”。一行が浅い水面をあるいていると、空にいきなり大きな魚の影。突然、天地が逆転し魚の方へと真っ逆さま。一行を飲み込んだ、巨大な魚は自分が“神”だと主張します。一行に見かけ倒しであることを指摘された魚は、怒りのあまり大くしゃみ。一行は“トラベル・コーナー”に舞い戻るのでありました。


 これまで、無意識に夢の中の夢で何かの断片を集めてきた一行はここで一つの言葉を導きます。それを知った象は虚空に一飛び。身体が膨らみ、耳が翼に。一行を乗せ、光る靄へと飛び立ちます。


 そして、三人は解き放ちます。“赤子の目覚め”という言葉を。



 突然、三人はうたた寝から目を覚まします、公園の別々の場所で。しかし、三人は同じ光景を見ています。母親が目を覚ましたばかりの乳児を呼びかけて、赤子がそれに応えます。何者でもなかった誰かに自我が目覚めた瞬間。どこかから微かに小人の歌が聴こえます。

 あな、嬉しや 赤子が目を覚ました  あな、悲しや 混沌が消えた


 そして、三人に変化が訪れます。

 ゲルハルトの口から嫌味な引きつりが消え、

 キリリの雰囲気が和らぎ、

 そしてマイドは感じとったのです。自分の頭皮に生えてきた柔らかな産毛の存在に……